japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村で移住4年半。いわなの郷で働きつつ、日本一だった炭焼き復活を期す川内村炭焼きプロジェクト、移住者だけでなく新たな場作りを考えるCafe學校〜サロンde川内〜を主宰。本ブログでは、炭焼きPJを中心に成長の観点で好き勝手に書いています。

「運命を愛する~楢葉にて⑵~」

 

 

 

前回の続き

 

japan-energy-lab.hatenablog.com

 




思えば田んぼアート

何の保証もない。

 

結のはじまりだって

AFWだって

木戸の公民家だって

そうだ。

 

一方で、デルフォイの神託にある言葉を思い出す。


 

japan-energy-lab.hatenablog.com

 

 

 

保証その隣に災いあり。

 

保証を求める生き方その隣には災いが寄り添っていると。

 

現代ほど不安や恐怖に煽られた時代はない。

それらは消費社会と密接に結びつき、人の消費行動を陰でコントロールしている。

 

不安や恐怖を与えることで売らんかなの商品の何と多いことか!

 

その不安や恐怖は常にそれらを引き寄せることとも結びつく。

引き寄せの法則とも言える。

 

本来ヘッジ(望まない未来へのリスク分散)としての役割の保険も一方で

それを望む心象を生み出す。

 

 

田んぼアート

それでもやると市川さんが言ってはじめた。

 

でもその話は確実に去年のそれを上回っている。

 

着実に階段を上っていることも実感する。

 

 

斎藤一人さんの話を思い出す。

松は曲がっていて、杉はまっすぐだ。

杉の中に松が混じっても、

松は必ず曲がる。

まっすぐになろうなんてしない。

 

ダリアはダリアとして咲く。決して百合になりたいなんて思わない。

 

その性質を存分に活かして生きているのが自然だ。

 

人間だけが、ダリアなのに百合に憧れたり、松なのに杉のようにまっすぐになろうとする。

 

松は松らしく生きようとしている市川さんの姿がそこに重なる。

 

結のはじまりの女将の古谷さんもそうだ。

 

杉のように生きることもできたけど、松として生きることを決めた。

 

それでいいのだ。

 

自分の特質を知り、その特質を生かす生き方をする。

言い換えれば、自分の運命を愛することと言っても過言ではない。

 

 

 

最後に

翻って私・関孝男の話。

 

炭焼きをやると言って時間が経つ。

有難いことに、「いつやるんだ」「口ばっかりだ」と批判を頂くようにまでなった。

 

尊敬する土佐備長炭・炭玄の黒岩辰徳さんも

「炭焼きで飯が食えるの?と心配をたくさんもらった」と振り返る。

 

私は今は焦っていない。

見通しがあるかといえば、あるといえばないし、ないといえばある。

禅問答のようだが、「空(くう)」の状態だ

 

でも必ず日本一復活を実現する。

そのための準備期間だと捉えて、今はただただ学ぶ時期。

 

実は多くの手本、教師がそこに入る。

我以外皆師也

青森の高森優さんがだんだん批判が楽しくなってきたとさえ述べられている。

taberutimes.com

 

(高森さんのところにはいずれ行く)

 

 

 

炭焼きはまだ「その時」ではない。

でも、「その時」は必ず来るので、その準備を着実にしていこう。

 

私は私で、他人にはできない役割がある。

その役割を全うする「その時」を、準備しながら待つ。

 

それは、私自身の運命を愛することにもつながる。