japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村に2013年移住。いわなの郷で働いております。炭焼き・移住促進・成長への興味を元に、全てのエネルギーの活用を研究することを建前に、本ブログでは成長の観点で思いのままに書いています。

「百尺竿頭に一歩を進む」

 

 

 

禅の公案

「百尺竿頭に一歩を進む」

がある。

 

竿を百尺まで伸ばした先に

さらに一歩進むにはどうしたらいいか?

 

いわゆる禅問答で、現代では馬鹿馬鹿しい話とも思われがちだが、

私はそうま食べる通信に
「百尺竿頭に一歩を進む」ヒントを見た。

 

そのまま
真似はできないものの

その本質は何かを自分なりに考えてみた。

 

まどろっこしい話を書くが、結論はいたってシンプルだ。

 


そうま食べる通信2周年大収穫祭に参加。

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楽しかった!
そして、素晴らしい場だった。

その時の様子はとこさんのFBから拝借。

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食べる通信の魂を
相馬独自の文化で昇華した

そうま食べる通信

魅力的だ!


東北食べる通信で
魚編集長のもっちゃんが特集される。

しかし、どうにも魚が取れない。

哲さんが頭を抱える。

 

そこで、読者に伝えたところ、驚きの反応。

自然が相手だから仕方がないと言う声。
高橋博之「都市と地方をかき混ぜる」より)

 

taberu.me

 

 

市場原理だけで動いてきた日本経済の風穴がひとつ見えた瞬間だったかもしれない。

 

この時の苦悩とがあったから、そうま食べる通信をはじめようと思ったに違いない。

 

「どこよりも相馬がやるべきじゃないか」云々の話は、

ツカミとしては面白いので、それはそれの話。

あの出来事で沸々と湧き始めたものだった。

 

東北食べる通信の質の高さにはかなわないが、

そうま食べる通信の荒削りな素人の力、相馬の歴史に裏打ちされた魂が

これだけの魅力を作り出している。

 

 

 

 

また上の話を読んで、思い出した言葉がある。

 

希望は常に不幸と悲哀と絶望によって支えられている。

(執行草舟 「根源へ」より)

人類はまさに絶望から多くのものを見出した。

現在の南相馬市小高区出身だったか。

文人埴谷雄高(はにやゆたか)は「A≠A」を「自同律の不快」と述べている。

氏について

科学の世界の基本である「A=A」を否定するのは、

あらゆるのものが無限変転する世界では、次の瞬間には同じではないと考えるから。

 

さらに、「A=A」を信じた瞬間に人間は終末を迎えると

「希望の原理」のブロッホは述べていて、

「人間は未だ人間ではなく、世界は未だ世界ではない」と信じることで希望が生まれるとも。

 

科学万能が極まった世界は希望を持ちにくい。

 

でも、極まったものは必ず変化する。

新たな地平の兆しはもはや様々な場面に出てきている。

 

そうま食べる通信のタネは着々と刻まれ、

自同律の不快が示す一つの希望を生み出した。

 

その変化の先端、

「百尺竿頭に一歩を進む」のが、そうま食べる通信だ。

 

別に、何か高邁な理念は実はない。

 

これは逆説だが、別の高邁な理念を出した時点で、相反するものを意識している。

空ではなく、色をつけて見ている。

そうするととらわれてしまう。

 

生産者と消費者をつなぐと言う食べる通信は、

お金のやり取りをして、売り手買い手の立ち位置に縛られてしまう。

売り手は買い手を喜ばせなければならないと言うものに。

 

そこに意識をおかずに、ただただ一緒になって楽しむ。

 

知行楽の話にも通じる。

 

 

 

仏教の言葉で言う「無作」

最近流行った言葉なら「ありのまま」

言葉を変えれば、「とらわれない」「執着しない」s

英語で言えば「Let it be」であってるか?

 

いい悪いではなく、ただただ遊んでいるし、

シンプルに目の前の人を喜ばせたい気持ちの発露。

 

一言で表現するのは難しいけど、

もっとシンプルに自分が楽しみ、相手も楽しむこと。

 

そこには決して欲得が働いていない。

頭で考えているのでなく、体で感じる世界だ。

 

それだけでもうなんだか幸せな時間が過ごせる。

 

ひとつ、百尺竿頭に一歩を進めてみる。