japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村で移住4年半。いわなの郷で働きつつ、日本一だった炭焼き復活を期す川内村炭焼きプロジェクト、移住者だけでなく新たな場作りを考えるCafe學校〜サロンde川内〜を主宰。本ブログでは、炭焼きPJを中心に成長の観点で好き勝手に書いています。

「愛か恐れか」




表題に関係ない気もする。

 

でも、ここにつながる。

 

 

さてまずはこちらをお読みいただきたい。

ameblo.jp

 

アメブロで書いていた時代の2年前のブログ記事。

 

こちらを読んだ前提で書く。

 

取材依頼が2年経ってまたある。

 

お断りをした。
人を介してもお断りもした。

 

また来るかもしれないのでブログでも取り上げることに決めた。

関係者もいるので迷ったが、これはこれで大事な話だと思い、決断した。

 

 

 

断ったのは、

嫌な思いをしたから。上記ブログの通り。

 

それもそうだけど、それだけでなかった。

もう一つあった。

 

謝罪すれば思い通りになると思っているのだろうか。

もちろんそこに善意はあるけど、腑に落ちない何かを感じた。

 

 

最近ニュースでアメフトの話題がずいぶん取り上げられている。

あの篠竹監督含めてその件も書きたいが省く。

この件でわたしが思うのは、

組織で具体的な指示があろうがなかろうが、その空気があったことは間違いない。

 

スポーツだからわかりやすい図式にしやすいが、

ずっと続いてきた会社組織の不祥事も

同じ形(相似象)をしている。

 

 

組織を守るために個人が犠牲になることで、

組織の不健全性が続き、利権構造も続く図式。

 

人を介して言ってきた小賢しさにも頭にきた。

しかもわたしの上司にあたる人。

向こうさんは上司から言われたら逆らえないだろうとでも思ったのだろうか。


なんでもう一度直接わたしに言ってこないのかと。

 

大企業の傲慢さをまた感じたところ。

 

 

変なことを言うようだが、報道の方々はわたしに執着する必要もない。

わたしの取材がないくらいでジタバタしなくていいのになあと思う。

もっと面白い方はこの地域にはごまんといるのだから。

まして、企業なのだから、敵がいるのは多少はどこでもある話。

 

 

 

 

2年前のことを許してないかといえば、そうでもない。

もう過去のことだ。

 

理屈で割り切れないのが人間で、それでもいい。

直感を信じて行動することは炭焼きからまさに教わったことだし、

コツ塾でも「考えるな感じろ」Don’t think, feel!を教わった。

 

それができる背景は

恐れよりも愛で生きると言うこと。

 

愛で生きていることも再認識できたし、

恐れも必要なことはこの詩から直感的にも理解できる。

「見るまえにとべ」

ameblo.jp

 

 

 

また、「断る」という実際の行動を見て

許してないと思われるかもしれない。

 

愛とは、自他を信じること。

 

その取材の企業に対して愛がないわけではない。

 

もしわたしが謝罪を受け入れていたら、その企業は永遠に変わらない。

小さな組織なら改善できるだろうが、大きいところはそう簡単ではない。

それで、小手先のことを変えたところで根本は変わらない。

相手のためにも受けないほうがいい。

その種類の愛だ。

 

もったいないと言われる方もいるだろうが、それで魂を抜かれるよりマシだ。

魂を抜かれて生きることもしてきただけに、その滑稽さもよく理解している。

 

念のため、歴史背景についてはこちらを参照。

 

https://ameblo.jp/japan-energy-lab/entry-12171492868.html

 

 

 

さて、上に書いた

 

組織を守るために個人が犠牲になることで、

組織の不健全性が続き、利権構造も続く図式。

 

これをどう変えたらいいのか?


革命を起こすことをずっと考えてきた。

それも一つかもしれないが、今まで続いた歴史背景もある。

 

それは長くなったので、またの機会に譲る。