japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。

「還るべき場所を探す旅」


今日も
カトーコーキさんネタからスタート。

氏のバンド エレクションズ 「星の道をゆく」

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この曲を聴いて思い出すのはこの詩。
「星辰の掟」フリードリッヒ・ニーチェ


japan-energy-lab.hatenablog.com

 

 

星辰の掟とは、星々は法則に従って決められた動きをしている。

道徳もそれら法則の一つのはず。

ともすれば、人の人生にも掟・法則があるのかもしれない。

 

星を象徴に「往く道は定められている」といったニーチェは苦難の人生に飛び込んだ人物。

「神は死んだ」の言葉で簡単に表現され、歴史伝統を壊す人物であるかのように受け取られがちだ。しかし、もともとルター派プロテスタントの牧師の家系に生まれ、厳しい教育も受けて、24歳にしてバーゼル大学の古典文献学教授になるほでの秀才であり、宗教家であり、道徳を重んじる人物だった。教授の休講は慣例だったにもかかわらず授業には無遅刻・無欠席の真面目な人間だった。それでも「神は死んだ」と言って、苦悩の中で時代を切り拓いた。そんなことを言わなければ、安定と幸福が約束された人物だった。にもかかわらず、神を殺したニーチェの心情が、カトーコーキ氏の生き様とかぶって来た。

 

震災さえなければ・・・

 

多くの人にとってそうだ。

 

○○さえなければ・・・

 

私もそうだった。

それで生き方を見直す機会になった。

きっと多かれ少なかれ、どんな人にもあるんじゃないだろうか。

 

カトーコーキ氏のような表現に覚悟を持った人物に感動した。
同時代に生きることができ、嬉しい。

さらに、ニーチェの生き様を振り返った時に、自分のこれから進もうとすることを応援されるかのようだ。


エレクションズの「星の道をゆく」のサビでは

「還るべき場所を探す旅」というフレーズが出てくる。

 

帰るでも、変えるでもなく、「還る」べき場所を探す旅 と歌う。

 

私のこれから行おうとすることも、還るべき場所を探す旅だ。

 

「本質」


しんさいニートの作者・カトーコーキさんが

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大竹まこと氏のラジオに

大竹まこと ゴールデンラジオ


ゲスト出演した音声がこちら

(放送日の1月15日以降1週間程度か)

http://podcast.joqr.co.jp/podcast_qr/main/main180115.mp3

 



カトーコーキさんは今でもうつ病に苦しんでいるけど、

魂で生きているその姿は美しい。

(不謹慎かもしれないが)幸せと言っていいと思う。

 

大竹まこと氏も優しい。

それはテレビの印象が強いからかもしれないが、敬意が感じられるから。

表現者としての尊敬がにじみ出ている。

 

2011年の東日本大震災、そして福島第一原発事故は悲しい出来事だった。

しかし、カトーコーキさんのようにそこから本質に向かって生きている方の姿を見ると、

悲しいと一面的な見方だけでは済まない気がしてくる。

 

目に見えることと目に見えないことがある。

 

これまで物質的に豊かになって、それはとても大切なことだった。

しかし、物質が豊かになっても必ずしも精神は豊かになれない現実も見て来た。

否、他人事だったら見過ごすこともできたが、自分ごとになって初めて目を覚まさせられた。

 

何が幸せか?
それは、何が自分か?とも言える。


やはり、本質を突きつけられる出来事であったし、

それは震災だけでなくその機会は突然やってくるのかも。
後から見たら必然となるように。

 

炭焼場未来対話 山炭彦編へ向けて

 

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FBイベントページはこちら

炭焼場未来対話 〜山炭彦編〜

また、寒い中で懇親会も行います。

www.facebook.com
肉い男・たっちゃんに盛り上げて頂きます。



 

 

こちらに川内村の人にも参加頂きたく、お声がけして回りました。

なかなかお会いできませんでしたが、できるだけ参加してくださる方が増えるように。

力を貸してくださる方も多くいて、有難い限り。


海炭彦編で講師で来て頂いた黒岩辰徳さんには大変な刺激を受けました。
ここまで思いをもって、前を走っている方を私も追いかけてみたい。

何より、ここ川内村で炭焼をやりたい。


「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」

今まで多くの方がこの言葉を引いて書いた文章に出会って来たけど、
やっと今この想いに至ることができた。

ただただ、炭焼したいってことに自分自身が気づくことができた!

炭焼場の地名を持つ「いわなの郷」で、炭焼を行う。

決めた以上はやるのみだ。
それまでの準備期間も全力で取り組む。

黒岩さんに比べたら、まだまだ働いているうちに入らないんだからね。



これだった!


特に最近の行き詰まり感はこれでした。

archives.mag2.com


一言で言えば、知行楽。

うわあ、そうだったんだなあ。

悔しいなあ(笑)



気付くたびに、修正していこう。

これでいいのだ。

「力を借りる」

 

 

自分一人でなんとかしようとして来た。

それは意識してなかったけど、それしかできないと思い込んで来た。

 

力を貸してくれる人もいる。

 

貸してくれない人もいる。そちらにばかり意識がいっていた。

そのことも受け入れつつ、信じて続けたらいい。


見返りはなくてもいい。

ただただ、信じて進もう。

 

そもそも自分が変わりたくてこの地にやって来たんだ。

自分がまたひとつ成長できる機会を得た。

それができる。ただうれしいことだと考えを変わった。

一歩一歩ね。

あ、そうだった。
炭焼プロジェクトは、エピソード3 ~YES!祭り~だった。

祭りとしての「炭焼場未来対話」。

未来を拓くのは、俺とお前だ。

 

「ドクスメ清水店長の話」

 

 

リアルインサイトの「池間哲郎一日一言」
(毎朝5分ほどの音声配信するもの)
2017年11月29日 いい肉の日は
『孤独な「消費者」から情深い「生産者」へ』のテーマで

井上ひさし氏の少年時代、辞書を盗んだ話が出てきた。

 

感動した!

人を育てること

消費者・生産者のこと

人間の本質のこと

 

凝縮されているようだった。

 

面白い話をありがとうございました!

 

「これからだ!」



 

下の記事を一つ目のネタに。

 

 

www.mag2.com

 

有料記事のため、全部は読めない。

一言で言えば、終末論を煽るだけ煽っている。だけ。 

英国という土地柄を考えれば、日の沈まない国だった覇権をアメリカに取られ、搾取してきたはずの中国にうまく使われている状況を、認めたくないのだろう。

 

西洋で生まれた科学、その元になった西洋思想では、これからの問題は解決できないだけだ。

 

科学の頂点だったはずの原子力も歯止めを持てなくなり、核の傘という美名のもとに白人支配できていた時は良い。しかし、黄色人種朝鮮人に核を持たれて(イギリスも実は噛んでいるんだけどね)今までのような解決をできなくなっている。

白人は散々搾取してきたんだから自業自得とも言えるが、その刃を相手に向けるのも二元論という西洋的な発想になるので、それはしない。

 

では、どこに解決を求めればいいのか?

 

簡単だ。

 

日本だ!

東洋思想の本質は日本にある。

中国(支那)の書物を日本の学者は漢文として書き下し、日本人にも読める形しただけでなく、

日本的な形でより高みに持って行った。

科学は、自然を人間が征服する道具として用いてきたが、日本には自然を征服する概念はなく、共生の道を模索できる。

 

核戦争の心配をしているけど、今の米ソ冷戦の二極構造の残滓を回収していると見れば、中東ではIsisの首都陥落で一応の解決を見たし、朝鮮もおそらく近いうちに解決するだろう。東西冷戦の象徴の南北分断が統一という形で解決する。冬季五輪が一つの契機になると見る。


私は全く心配していない。

否、解決しなければ核戦争で地球は終わるわけだから、何が何でも解決しなければならないからだ。

 

また、こんな記事も見つけた。2つ目。

style.nikkei.com

 

 


 

AI(人工知能)は、様々な仕事をなくす、とその問題点ばかり最近は指摘されている。

早速、数字に特化したような金融関係の会社はそりゃあ人はいらなくなる。

当たり前だ。

 

いずれ、医師や弁護士といった莫大な知識をアルゴリズム化できる職種にまで及んでくるので、覚悟した方がいい。医師の診断は、一つの方法論があるので、知識量は人間は叶わない以上、カン以外の要素はAIに取って代わられる。(医師がどの程度感が必要とされるかわからない)また、弁護士も法律の丸暗記は当然人間は劣るし、過去の判例である程度やり方はわかるので、AI弁護士同士が争い、裁判官もAIなんてことは100年も見ればありうるだろう。こちらも勘がどの程度必要かわからない。
人間のAIに対する特異性については、「CMH」Creativity創造性 Management経営力 Hospitalityおもてなし だと井上智洋氏は述べている。

 

では、差し当たり仕事がなくて困るかと言ったら大きくは困らない。と踏んでいる。

それはBI(ベーシックインカム)が導入されるからだ。

基本的な収入はそれで得ればいいから、仕事がなくても生きていける。

 

問題は、いつ頃からか?
すぐには難しいだろうから、ある程度の財源が確保される見通しと国民生活の維持を考える社会保障のバランスを取る時期を見ていく必要がある。

 

具体的には今後3~5年と見る。それは社会保障上の問題を考えた場合だ。

現状、財源確保の視点で見るならしばらく難しいと感じる。早くても10年か。

ない袖も振れない。

 

その上で別の話。

これから田舎での生活は若い人も入ってくる可能性が出てきた。

金融関係の仕事に人間性を押し殺して続ける人は実はあまり優秀でない人たちだ。

優秀な人たちはどこでも何をしても仕事はある。

 

その中に田舎というフロンティア(未開拓領域)をどのように展望するかはその人の考え方になるが、一つ福島県はやはり面白い地域だ。

既存の枠組みの継続は難しく、新たな枠組みを必要とするから話を進めやすい。

もちろん、反面で今までのやり方の縛りも大きいし、更に言えば、東北ならではの1万年前からずっと続く生活様式・考え方もある。

 

その両者のバランスをとったやり方を模索できるのが、この土地の魅力だ。

残念ながら、地方公務員にその手の仕事は難しい。

そこを取り巻く企業も疲弊しているのが現状だ。

利権構造を持った立ち位置で何かことを起こすのは至難の業だ。

反面、このままではいけないと秘かに準備している人もいるのが実は後押しするだろう。

 

現実には、その道のプロ、例えば農業や私が進める(正確にはこれから進めるだが)炭焼等の1次産業(2次3次産業も大きくは含まれる)で働きながら、AI時代の社会づくりを進められる人になるはず。それこそ、余計にハードルは高い。

 

難しい。

けど、だからこそ面白い。

 

AI時代の新たな枠組みを作れる人材をこれから求めていこう。

 

その先に通貨含めた新たな世界的な枠組みも見出せる。