japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。

山林

山林という詩がある。(末尾に掲載)

驚いた!

 決して他の国でない日本の骨格が
 山林には厳として在る。
 世界に於けるわれらの国の存在理由も
 この骨格に基くだらう。

敗戦後、「千の非難」を受けて、花巻へ移り住む。
戦意高揚の詩をつづった戦時中があったからだ。
そして
山林での心平らかな日々。
そこに、日本の骨格を、国の存在理由まで見出す。

その高村の心情に思いをはせるとともに
それだけの力があるのかもしれないとまたうなづく。


 

 



山林       高村光太郎

私はいま山林にいる。
生来の離群性はなほりさうもないが。
生活は却って解放された。...
村落社会に根をおろして
世界と村落とをやがて結びつける気だ。
強烈な土の魅力は私を捉へ、
撃攘の民のこころを今は知つた。
美は天然にみちみちて
人を養ひ人をすくふ。
こんなに心平かな日のあることを
私はかつて思はなかった。
おのれの暗愚をいやほど見たので、
自分の業績のどんな評価をも快く容れ、
自分に鞭する千の非難も素直にきく。 
それが社会の約束ならば
よし極刑とても甘受しよう。
詩は自然に生れるし、
彫刻意慾はいよいよ燃えて
古来の大家と日毎に交はる。
無理なあがきは為ようともせず、
しかし休まずじりじり進んで
歩み尽きたらその日が終りだ。
決して他の国でない日本の骨格が
山林には厳として在る。
世界に於けるわれらの国の存在理由も
この骨格に基くだらう。
囲炉裏にはイタヤの枝が燃えている。
炭焼く人と酪農について今日も語つた。
五月雨は降りしきり、
田植えのすんだ静かな部落に
カツコウが和音の点々をやつている。
過去も遠く未来も遠い。

(「典型」より)
宮沢清六(賢治の弟)の住む花巻は大田村山口の山小屋に、終戦の翌々月から生活をはじめた以後の作。

※極力、原文のまま引用したが
 るに似た「い」(旧字)、また旧字体漢字は出し方が分からず現代表記した。

文学と次世代と

茂さんの話は感激しました!

 

震災後、一人で川内村で過ごした時を支えたものについて、

質問され語られていました。

 

一つは、文学の力。

和合亮一さんや宮澤賢治の詩を読み続けたといいます。

また、もう一つ。

次世代のためなら何でもやりたいとの思い。

 

どちらも今後に生きる話でした。

航海をすることが必要なのだ。生きることは必要ではない。    Navigare neccesse est ,vivere non est neccesse.

 ちょっとびっくりされたかもしれない。

 

一昨日は
池間哲郎一日一言

http://www.realinsight.co.jp/ikema/aphorism/ikema.real.html


のなかで、
動物園政策について話題になった。


参考までに

1年ほど前に書いた引っ越し前のブログ。

ameblo.jp


改めて調べてみると、この話が分かりやすい。

以下引用。

抗議の声が
「檻から出せ」
ではなく
「飼育係、いい餌よこせ!」
になってきたらいい感じ。

引用終わり。

言い方は違えど、「いい餌よこせ」と言ってる人は随分いる。
この地域だけではない。
もうそういう空気が常態化してしまった。

現代は最も進んだ時代というは、思い込みだったことにも気づかされる。

「野生」という表現がある。人間も野生を持っていたはずだが、ないことが現代人かのように思ってきたけど、そうではないかも知れない。

歴史上、野生を貶めた時代はここは100年くらいかも知れない。



表題の言葉は、大航海時代を拓いたエンリケ航海王子の言葉。
この野生をもった 魂を持った 人間がいたから 一つ事を成した。

高貴は、野生と道徳を兼ね備えているとも言い、
魂なき生き方は、人間でなく動物の生き方だともいう。

デルフォイの神託には、
「保証その隣に災いあり」ともあるという。  「根源へ」執行草舟・著(講談社)より

ウィキペディアでは、違う表現になっている)
参考   デルポイ - Wikipedia

 

安全な生き方は楽かもしれないが、本当にそれでいいのか?問いかける必要がある。

 

 

この気概で今日も進もう。




Cafe 學校 第9回 告知

次回は
私が多分いません。

が、いい機会になるので、お若い方にお願いしました。
是非ご参加くださいね。

www.facebook.com

待つ

gardenjournalism.com

フロンティアは 私が考えていたものとほぼ同じだ。
当然私より先に着想した方がいてもおかしくない。


私も今年2017年は

転換点だと思ってきた。

川内村に関しては、あらゆる賠償が一区切りになる年。

今までのやり取りとそれにまつわる断末魔の叫びもあるだろうが、
次世代への議論に収斂されると信じている。

 

内と外という課題。
その奥にある分断も視野に入れれば、ここから一つモデルの構築ができるし、専門化された知の分断の統合が、実践の中で知行合一されるとも信じる。

 

浜魂(ハマコン)には私も参加した。
ご一緒したお三方は着実に行動を積み重ねている。

周回遅れの気分もあるが、
一歩一歩あわてずに進む。

 

その時を待つのもまた仕事のうちだ。


迷いも不安もすべて受け入れて、
自らの目指すゴールだけは常にイメージしている。

その時

その時が来ました。

本日 8月21日。

様々なことが積み重なってきました。

じっくり受け止めます。

「未来を拓くのは 俺とお前だ。」

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届きました!
 
7月に行われた
廃炉フォーラムでの冊子です。
 
改めて読むと言い過ぎた気もしましたが、
偽らざるところです。
 
高校生が伝えるふくしま食べる通信の方も
掲載されていて驚きました。
 
廃炉にかかわる方と話す場面もこの後あり、
多くの力が結集されていることも知りました。
 
廃炉という未知の分野で活躍されてている方々の想いも
もっと知っていきたい。
 
分断の進んだ日本の一つ希望を見いだせる場とさえ思う。
 
歴史を見れば、
常に
人間の意志、精神性が未来を切り拓いてきた。
 
表題は私の書いたメッセージ。
 
ローリングストーンズの曲 悪魔を憐れむ歌に
ケネディを殺したのは俺とお前だ とある。
サンボマスター山口隆さんは、それを聴いたときに自分がケネディを殺した気分になったと語っていた。
それにひっかけた。
 
どうなるか より どうしたいか だ。