「変化」
場は常に変化する。
社会も大きく見れば場の一部だから。
「人は見たい現実しか見ない」という趣旨の言葉を残したのは誰か忘れたが、
その人が見たい現実が目の前に現れる。
斎藤一人さんは
「怒りたい人は、怒りたくなる現実が起こる」と言っている。
上の言葉にも通じるし、
アドラー心理学にも一脈通じる。
つまり、現状に文句を言いたい人はそれ相応の現実が目の前に出てくる。
でも一方で、
こういう社会にしたいと理想を描いている人は、
それに類する人が現れる。
残念ながら、
その通りに現実がすぐできるわけではないが、
ちゃんとその人のレベルにあった現実(乗り越えるべき壁)が現れ、
それを乗り越えることで、
その理想に一歩近づける自分になれる。
理想を実現できる自分になった時に、理想を実現できると教えてくれたのは
コツ塾のたくちゃんだ。
今はそれをなんとなく実感する。
つまり、同じものを見てもその人の「心」によって、全く見える世界が違う。
最近はやりの、量子論的世界観はもうすでに始まっている。
否、もうずっとそうだったけど、そのことに気づかなかった。
(あるいは気づきたくなかった)
科学でもコロンブスの新大陸でも、
発見とは、元々あったけど、知らなかったことを「こっち」の人が見つけたことを言う。
科学は一つのプロパガンダでもある。
世界の見方に大きく寄与するから。
逆に言えば、時代の空気にそぐわない科学は認められないとも言える。
STAP細胞を例に出すまでもなく。
それがまさに変化であり、その「時」を捉えて動く「時」でもある。