japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村で移住6年。いわなの郷で働きつつ、日本一だった炭焼き復活を期す川内村炭焼きプロジェクト、移住者だけでなく新たな場作りを考えるCafe學校を主宰。本ブログでは、成長の観点で思いのままに書いています。

「面白い!〜こうふく通信取材から❶〜」

 

 

昨日はこうふく通信(高校生が伝えるふくしま食べる通信)が

私の職場・いわなの郷の取材があった。

 

楽しい時間だった。

 

若さは力だなあ

なんて

思うのは歳をとった証拠だ。

 

私は若い頃苦しいことしかなかったから、

若い頃に戻りたいなんて思わないけど、

これからの若い人には大いに活躍してほしいと願う。

それは

嫉妬深い私でも。

 

枕はこのくらいにして、

食べる通信との出会いは私にとってはデカかった!

 

 

 

2015年8月

郡山での車座座談会は衝撃だった。

参加してなかったら、今ここに居ないと思う。

今にして思えば。

 

https://ameblo.jp/japan-energy-lab/entry-12065895700.html

ameblo.jp

 

 

いわなの郷20周年感謝祭第1弾、第2弾で

大ブーイングを受けて、

もうこんな村は出て行ってやろうと思いながらも、

やっとこさしがみついていた所だった。

 

高橋博之氏の話に引き込まれた後、

そうま食べ通の小幡さんが

「グランド降りてこい!」の言葉に

私の逃げ心をゆさぶられた。

 

その席で私は愚痴愚痴と話した一方で、

私以上に大変な状況下でも、

それぞれの立場で挑戦する

思いを披瀝する人々の話が

羨ましかった。

 

思い起こせば、

その当時始まっていた

こうふく通信の高校生も参加して

生き生きと自分の思いを話す姿に

嫉妬していたことも思い出す。

 

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その後、

同年11月の

感謝祭第3弾の日の夜に

川内村での車座が開かれ、

忘れられない思い出にもなった。

 

 

あの日の約束を本当に実行した博之さんの心意気に

涙むせぶ。

 

その後、

2017年そうま食べる通信取材を頂き、

前出の土編集長・小幡さんの最高傑作が出来上がった!

残念ながら、もはや手元には全て無くなってしまったが、

あの魂のこもった文章は

私にも大きな力を与えてくれた。

 

 

japan-energy-lab.hatenablog.com

 

 

そして

令和を迎えた2019年

こうふく通信が取材に来るなんて、

ちょっと驚いたし、

なんだか申し訳ない気持ちにさえなったしまった。

 

でも、

裏腹に感激されている編集部の皆さんを見ると、

まだまだ私が卑下していたことも実感させられる。

 

ここ

川内村

いわなの郷の

魅力を

存分にアピールしたい!

 

 

段取りについてはずいぶんご迷惑をおかけした。

炭ません!

 

今また改めて思う。

何かすごいことをやる必要なんてない。

むしろ、今ここを楽しむだけでいい。

言い換えれば、

何をする(DO)でなく、どうあるか(BE)の方が大事だ。

 

進化するこうふく通信は

歴史に裏付けられている。

伝統が蓄積されている。

 

そうま食べ通のLEGENDトコさん

こうふく通信の元になったなった

あすびと福島出身のお二人とも出会えた。

 

どの一人欠けても

今がない現実に

ご縁以上の何かを感じるトコ。

 

聞けば

締切は1週間ほど。

定期試験も近い時期を考えると

俺だったらやりたくないことばかり。

 

でも、

それを手を挙げてやりたいと言った

若者は鍛えられるよね。

むしろ、笑顔でやり切っちゃったら、

面白くもなる。

 

いわゆるガンバリズムの最後の世代が

私はじめ40代。

それよりも楽しいことだったり、

喜びから始まったことが、

人を呼び、

さらなる喜び事を呼び、

楽しくなっていく。

 

それはきっと

これから訪れる時代の変化であると信じたい。

 

面白くなってきたぜ!

ってね。