japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所です。福島県川内村に炭増すためにも、木材の可能性について簡単ニュースをはじめてみます。

「AI時代にこそBI そのために捨てるべきもの」

 

 

AIとはArtificial Intelligence

BIとはBasic Income

 

経済の話ではどちらも俎上にのぼる単語の一つ。

 

特に、先の選挙で小池氏の希望の党でBIを公約にしたことが記憶に新しい。

 

 

 

こちらの本

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https://www.amazon.co.jp/AI時代の新・ベーシックインカム論-光文社新書-井上智洋/dp/4334043461/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1527569623&sr=1-2&refinements=p_27%3A井上智洋

 

 

この著者の井上智洋氏はリアルインサイトの動画で知り、

前作を読んで AIの議論は経済のことを無視できないことを深く学んだ。

今回新作を発表されたことを知り購入した。

前作はこちら

https://www.amazon.co.jp/人工知能と経済の未来-2030年雇用大崩壊-文春新書-井上-智洋/dp/4166610910/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1527569623&sr=1-3&refinements=p_27%3A井上智洋

 

 

AIがどんどん発達して仕事がなくなる不安は煽られている一方で

実際にはあまり実感がない部分だが、

昨年末には大手メガバンク3行で大量リストラが発表されている。

 

AIの進展は金融面で早く進むことは、著者含めた多くの方が指摘する通りになっている。

(一方で非正規雇用のリストラで解決するとする論もあるが、実際はよくわからない)

 

また、現代の経済状況 グローバリゼーションでは

地域再生がそもそも負け戦」

と指摘されていて、なかなか進まない地方創生の本質をついている。

 

ちなみに、人と人との関係性によって新たな価値が生まれることから

人が少ない地方では価値を生みにくいことを指摘している。

前作以上に氏の考えが踏み込んだところまで書かれていて、

驚くほど持論を展開されていることは氏の自信を物語っていると感じた。
前作の論調より踏み込んで、論を進める姿勢と著者の謙虚な姿勢とのアンバランスも際立っていた。

 

今後のAI時代にこそBIが必要と歴史や経済、哲学等幅広い角度から論じられている。
そのあたりも咀嚼しきれていないので、一つ一つ吟味してみたい。


ともあれ、これからBIは必要不可欠。
その障壁とその先の未来も垣間見せてもらって大変面白かった。

 

 

 

あえて一点だけ書くことにする。

 

捨てるということ。

 

 

今後の歴史的転換点に立つ時の現代日本の難題として

コミュニタリアニズム共同体主義)が挙げられ、

その最大のものは儒教エートスだと指摘する。

 

それは二宮尊徳翁に象徴される勤勉道徳だと。

歴史的には明治以降の富国強兵のために勤勉さを金科玉条として現代まで来たが、

社畜という言葉に代表される仕事のための人生に意味を感じられなくなって来ている。

 

この絶対とも言える価値観こそが今後の障壁であり、

また、

コミュニタリアニズム共同体主義)は自由意志より世間の常識に従っていた方が楽だという思考停止状態が後押しするとも。

 

話を私の身近な地域再生に引き寄せて考えると、

これからは思考停止の議論では立ち行かなくなることを再認識するとともに、

その障壁の大きさにもまた思いを致すところ。

 

今までの価値観で生きたいのは人情だが、

それでは立ち行かなくなっているのは別に自分の住む福島県川内村に限った話ではない。

 

それに対しては、著者が詳細に述べている

政治経済思想を整理することが鍵になりそうだ。

 

つまり、フランス革命時にサロンやカフェで議論がされたことは、

百科全書派はじめ客観的に現状認識を草の根レベルで行うことで、

庶民の行動を突き動かした。

 

これと同じことが必要とされているように感じた。

 

その意味で
Cafe學校の活動の意義が深く自覚することとなった。


ちなみに次回のCafe學校の告知はこちら

 

japan-energy-lab.hatenablog.com

 

 

 

 

そしてその意義についてはこちら

 

japan-energy-lab.hatenablog.com

 



現状の背景を整理して、

今の技術の発達をとらえた上で、

どんな未来を創造するかを議論する場が必要だ。

 

私の住む川内村含めた福島県

歴史の転換点の一つの極となると

希望をこめて

考えている。


今までありがちだった議論の一方通行は、共通理解できれば問題ない。
もちろん人によっては難しいだろう。

 

生みの苦しみは否めないが、

良い社会になることは間違いない。

 

著者の指摘する

儒教エートスでなく、

同じ中国の同時代の人物である

老子の説く

 

無為自然

 

が一つ鍵になると感じる。

 


恐れることはないのだ。

 




あえて一言すれば、

仮想通貨に始まる貨幣制度についてもっと突っ込んで議論して欲しかった。

 

というのも、

現代のグローバリゼーションやIS(国家を背景としない軍隊)の存在は

国家の枠自体を疑問視するもので、

国家がなくなれば、通貨発行権という国家の一つの役割がなくなるからだ。

 

ブロックチェーンのような仕組みで通貨の裏付けを国家として必要としなくなれば、

全く違う世界観が浮かび上がってくる。