japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村で移住4年半。いわなの郷で働きつつ、日本一だった炭焼き復活を期す川内村炭焼きプロジェクト、移住者だけでなく新たな場作りを考えるCafe學校〜サロンde川内〜を主宰。本ブログでは、炭焼きPJを中心に成長の観点で好き勝手に書いています。

「知の退廃」

 

 

 

思考停止。

 

これって恐ろしいことかもしれない。

そして、自分の身に起きていないという「錯覚」こそがまた恐ろしい。

無知の知ならぬ、「無知の無知」と言える状況。



昨日の話とも関連する

 

japan-energy-lab.hatenablog.com

 

 

呉智英氏の講話をリアルインサイトで拝聴。

 

まず人間の性(さが)について語られる。

 

「どんな人でも、他人をバカにしたい生き物だ」

 

その流れで、名古屋をバカにする趨勢を説明する。

しかも、つまらない根拠を元に。

 

例えば、3大ブスの産地として3地域を挙げて、その理由として

人の出入りが少なくて血が濃くなったためと。

 

出入りがもっとないところ、

人口が少ないところが、例えばヨーロッパの小国を出してブスの産地か?と問いかける。

 

こういうバカな理屈がまかり通っているのは、人間の理性の限界もまた感じるところ。

思考停止だ。

 

原発安全神話は、思考停止に端を発する素人の素朴な疑問を封じ込める同調圧力に原因があると考えている。

これは、いじめ問題や現在の福島県に対する(それ以外の地域での)風評被害も同根と言える。

 

さらに、ここまでわかって仕組んでいる(支配する)人たちがいるとしたら・・・

この件はここでは詳述しない。

 

一方で

原発事故後、素人の台頭が大きく起こっていることもつぶさに見られる。

これは時代の必然とも言える。

 

いわゆる御用学者という人たちの立ち位置もお金の出所(スポンサー)の悪口を言えない事情とも繋がる。

 

人間の性である「どんな人でも、他人をバカにしたい」汚さも受け入れつつ、

自分のところに利益誘導するグローバリゼーションの流れを断ち切るのは、

三方よし」の発想だ。

 

現代は立場が複雑化しているので、三方とせず、四方、五方、十方とも言える。

 

でも、発想は同じ「三方よし

昔からの日本人が大切にしてきた考え方で良いのだ。

 

知の退廃と言える現代の状況を救う発想が実は昔の日本人は持っていたというのは、面白い話。

対極たる知恵の見せ所だ。

 

思考停止を乗り越える時がきた。

そして、その先に三方よしをつくる時が。