japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村で移住4年半。いわなの郷で働きつつ、日本一だった炭焼き復活を期す川内村炭焼きプロジェクト、移住者だけでなく新たな場作りを考えるCafe學校〜サロンde川内〜を主宰。本ブログでは、炭焼きPJを中心に成長の観点で好き勝手に書いています。

「相似象」



昨年書いていたものを今日アップする。

何を言いたいかわからなくなってしまったが、あえてあげてみる。

 

 

 

起こった出来事を抽象化して幾何学的な(要は図式化して)形にすること。

その形が似ていることを、中学数学で習う「相似」から「相似象」と呼ぶ。

 

福島県に移住してから、自ら実験的に人と関わり、
様々な問題解決のヒントを掴んで来た。

 

大きくは自分が変わるためでもあったが、

社会問題、特に福島の問題は沖縄の問題と相似象をなす。

 

具体的に言えば、

福島県民が原発事故を機に東京電力に対する対応と

沖縄県民が米軍基地を機に米軍等に対する対応とは、相似象をなす。

 

 

実は、

福島県原発近くでは原発ができてから(震災後ではなく)ずっと

東京電力(だけでないけどね)に文句を言えば金になって来た。(過去形)

 

沖縄県では米軍基地に文句を言えばすぐ金になったわけではないが、

デモに出れば弁当付きの日当があったり、

基地近くの土地を買って儲けている人もいることはもう知られている。

 

つまり、文句を言ったら得をする構造はどちらも一緒で、そこに依存しきっている人が多い。

更に言えば、日本全体で評論家が、何もせずに文句ばかり言ってのさばっていることは、口だけ達者な方が儲かることを暗に示していて私は大嫌いだ。

(一つはテレビの評論家が原因だが)

 

 

これでいいのか?

 

それだけのことだと思う。

 

 

いいと思うなら、続ければいい。

いけないと思うなら、それを変えればいい。

 

そうは言っても・・・もわかる。

でも、本気なら変えられるのが今だ。

より正確に言えば、2013年から変わったと私は思っている。

 

 

もちろん、場所により、立場により、異なる。
私は42歳ながら、職場最年少で3年前はずいぶんかわいがってもらった。

私のようなペーペーにできることは限られているが、

それでも本気でやろうと思えば変えられる時代だ。


2013年とは何か?

サンフランシスコ講和条約の裏で、日本の航空権・電波権・防衛権がアメリカのものになった。

戦後復興の資金調達のための質草になった形だ。

それから60年?だったか。2013年がその契約の終わりを迎えた年だ。

余談だが、その当時(契約終了時)の首相が変わらなければ契約が続くというのがあるかもしれない。
その証拠に安倍政権は近年珍しい長期政権だ。

 

考えてみてほしい。

東京スカイツリー(地上波デジタル放送)はいつからか?

羽田空港の国際化はいつからか?

米軍基地を日米共同基地としたのはいつからか?

集団的自衛権はなんのためだったのか?
主権回復の日式典をあの日一回だけ行ったのはなぜか?

 

・・・

 

アメリカの支配は一つ終わっているのだ。

それでも変えないのは、当事国の意志であり、そこに伴う歯止めは本来ない。


正確には、既存利権を維持したい人たちは抵抗して、その断末魔の叫びがもうしばらく続くかもしれない。

 

個人レベルでも実はそうだ。

大きな枷は実は無くなっている。

日本人相手なら、いくら偉い人でもなんとかなる…

気がする。(大風呂敷かな)

 

そこからは、本人の意思と周囲との合意だけ。

TPPも、アメリカ支配構造継続の流れだったはず。

トランプは公約通り降りてしまった。

それなのに、日本はしがみついている。

 

何のために日本はしがみついているのか?

火を見るより明らかだ。

 

地域的なものもあるし、立ち位置の問題もある。

でも、時代は変わる。
間違いなく、いい時代になる。