japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所・関孝男です。 福島県川内村で移住4年半。いわなの郷で働きつつ、日本一だった炭焼き復活を期す川内村炭焼きプロジェクト、移住者だけでなく新たな場作りを考えるCafe學校〜サロンde川内〜を主宰。本ブログでは、炭焼きPJを中心に成長の観点で好き勝手に書いています。

「逃げろ!」

 

 

実家に帰るのも久しぶりだった。

よく行った場所にふと行ってみたくなる。

 

涙ににじむ。

辛い日々を各所で自分なりに自分を癒してきた。

あの時の悲しみがよみがえる。

 

苦しかった。

ただただ

苦しかった。

 

じっと風雪をしのぐのがやっとだった。
よく生きて来たと自分をほめたい。

 

そして、あの頃があるから今があるのもまた間違いない。

あの時に考えていたことなど、形にもなりつつある。

こんなことを書いたら怒る人もいるだろうけど、

苦しみを抱えてどうにもならなくなったら

「逃げろ!」
と言いたい。

 

逃げることに罪悪感を持ち続けて、自分で自分を責めながら過ごして来た自分だから言いたい。

ずっと逃げ続けた自分を責めて、自分で居場所を失くしながら、時にふてくされながら生きて来た。

自分を責める正体は、自分の中にいた。

下の音声で言うと、「悪徳裁判官」。自分が自分を許せず、裁いて責めて来た。

それだから、相手に逃げ場を与えることもまたできなかった。

 

参照
地球が天国になる話 斎藤一人さん

 

www.youtube.com

 

一人さんの見方に励まされて来たし、

たくちゃんこと野澤卓央さんのコツ塾で必死になって実践して来たから、

私は変われた。(自分で言うのもおこがましいけどね)

今来し方を振り返れば、良くなる前兆だったとも言える。

幸せだ。

自分が変われただけでなく、その先にいた人との出会いもまたかけがえのないものだ。

 


時代による価値観の変化について一言する。

時代の変化を理由にするのは簡単かもしれないけど、

あらゆるものが極まってしまった。価値観が変わる時を迎えつつある。

東洋思想では、

陽極まって陰になる と言うからだ。

 

 

旧来の価値観が通用しないものも出て来て当然だ。

 

少なくとも、バブルの頃までは石にしがみついても頑張ることが美徳だったし、それで生きていけた。しかし、今は過労死はじめ必ずしも頑張ることがいいことでなくなっている。

 

時代の変化でなく、場が変わって来ていると捉えている。

背景として、物質的には一定の豊かさを享受する一方で、精神的には貧しい現実がある。

一言で言えば、グローバリゼーションの行き詰まりだ。

 

精神的には最も貧しい時代かもしれない。

それは、

何に死ぬかを見つけにくい、自分で見つけなければならない時代だからだ。

 

しかし、決して悲観はしていない。必ず良くなる。

 

現在の中東・朝鮮情勢は、大きくはグローバリゼーション終焉と対立構造の残滓回収として捉えている。アメリカ一極体制から、多極化に流れるので不安定要素もあるが、その先には良い時代が待っていると確信している。

 

 オホヤケ(公)の代が終わり、ウカラ・ヤカラ(家や族)の代になると言う方もいる。

 

 また、はやぶさ開発の糸川英夫氏は21世紀はバラ色だとも言っている。

 

AI・VR等の先進技術発展は実はそれらの動きに拍車をかける。

変化に伴う断末魔の叫びはある程度続く。利権は手放したくないから。
個人のレベルで言えば、
何のために死ぬかも、その時代になれば自ら見つけるものでなく、与えられるものにもなる。

話を戻そう。
今苦しみの際にいる人もいるはずだ。

それも永遠には続かない。

時には逃げて、時を待つこともしたらいい。

 

自分を変えるために私は、生まれ育った土地を逃げて来た。

そこでのご縁と、自分の必死の努力で、私は今は幸せだ。

逃げるだけ、
時を待つだけでは解決できない時もある。

その時にまた、手をつけてもいいではないか。

 

 

 

天に愛されてるから、生まれて来たんだ。

大丈夫だ。

 

あなたも、私も、どんな人も。
そして、大嫌いなあいつだってね。