japan-energy-lab’s blog

日本エネルギー研究所です。福島県川内村に炭増すためにも、木材の可能性について簡単ニュースをはじめてみます。

レビュー紹介「自分を変えるほんの小さなコツ」

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「自分を変えるほんの小さなコツ」について
アマゾンでレビューを書きました。



https://www.amazon.co.jp/review/R13GK2OKSEWEE7/ref=cm_cr_rdp_perm


以下転載します。



「楽に生きられるようになりました」
 星5つ
私は著者のたくちゃん(あえてこの言い方を使います)のコツ塾三期(東京)で六ヶ月小さなコツを学びました。
人生の悪いパターンを変えたかったからでした。
あれから約2年経っていますので、復習と最新のコツを知りたくて購入しました。

今回の本は読みやすくて、1時間もあれば読めてしまいますが、
いかに自分に引き寄せて読むか、行間に自分との対話が無いと実になっていかないとも思います。
この本の中にもありますが、「わかる」と「できる」の差はとても大きいからです。
自分自身もそのことになかなか気づかず、空回りしてきたのでよく分かります。

中でも一つ。
Chapter5 『人間関係で悩まなくなるコツ』の『「相手に仕返ししたい」と思ってしまうわけ』の章で
「気持ちの深層にあるのは、…相手と同じ思いを分かち合い、よりよい関係を築きたいという思いでした。」とあります。
私は、感情のマイナス面にとらわれて、感情を否定して、ひいては自分を否定して生きてきました。
そうなれば、相手を否定して苦しくなる悪循環に自分からは入ってしまいます。
この感情の奥にはどんな想い・願いが隠れているかに気づくことで、自分を否定する必要も無くなり、相手の言葉にもとらわれなくなってきました。そうなってくると世界も変わってきます。楽に生きられるようになったことも感じるところです。

言葉にするとたくちゃんの本通りですが、そこまでのプロセスはなかなか本を読んだだけでは難しかったことも現実でした。著書にもある通り、知識でなく智慧の学びでもあるので、この本で興味を持った方は、コツ塾で実際に対面で学んでみることをおすすめします。
私のように生きにくさを感じる人にとって一つの示唆になる書です。

「炭焼師匠との出会い」



※※※かなり長いので、気が向いたらどうぞ※※※

今になって振り返ると、
私は炭焼師匠と出会って、世界が変わってしまった。

 

あれだけ嫌だった川内村が、大好きになった。

師匠とただ作業するそれだけのことがものすごく楽しい。

土いじりをすることで、何かパワーをもらっているようにすら感じた。

(実際元気のないときは、土をいじると元気になると言う方もいる)

 

そうなると、

今まで会った人の印象さえ変わる。

 

今までも、人のいいところを見る努力をしてたけど、

やっぱり努力しないとできないことだった。

 

村の人が、またいい人に見えてきた。

 

極端かもしれないけど、

会う人全て敵に見えていたのが、全て味方になったような感覚だ。

 

前々から師匠を持つべきという方もいたし、その通りだとも思っていた。

ただ、それを踏み込めなかった。

 

私にその度量がなかったとも言えるが、

炭焼に、師匠に出会うことが決められていた

そう考えてもいいのかとさえ思う。

 

そんなわけで
師匠に頼まれたわけでも、

誰かにそうした方がいいと言われたわけでもなく、

 

炭焼を産業にする

 

これは
夢とか目標とか志とかでなく、

もう自分の中では当たり前のこと。

 

改めて考えると不思議だ。

決して立派な人でもない。

それなのに、ここまで惹き付けられるのはなぜだろうか。

 

昨年の夏秋は、土日なく働いていた。

雨がお休みの日で、家族が心配するほどだった。

 

それは

頼まれたことは断らないから。

自分が断ったら、相手が困ることもまたわかっているから。

無私で、人のために生きる人でもある。

 

そして

また、

今までの私がしてきた山を上り詰める生き方と真逆だった。

 

むしろ、全て受け入れる器の大きさにただただ感服するばかりだ。


一昨年の10月だったか

暗くなってから 突然家に押し掛けて

炭焼をやらせてほしいと言っても 断らないのはやはり背景がある。

 

高みを目指すわけではない。

でも、大切にしていることも忘れない。

一歩一歩踏みしめて、山を下りるようなイメージだ。

 

師匠の姿勢から

無意識に自分との比較をして

一人反省したり、納得したりしてきた。

 

それと

合わせて

私の母のことも書いておきたい。

 

 

父は二年半前に亡くなった。

三年半前に移住を決断したのは、両親ともに長生きすると思っていたから。

 

それが、

一度両親を村に案内してすぐ

ガンが見つかり、あっという間に亡くなった。
ビックリするほどの展開だった。

 

あれだけ健康に気をつけていたのに、

腹が痛かったのを我慢していた。

母にガミガミ言われるのが 余程嫌だったのだろう。

 

この父の

死ぬこと以上に 

母にガミガミ言われるのが嫌な気持ちは痛いほどわかる。

 

父が亡くなったので、川内村を離れて地元に帰る。

三年間は自分との約束なので、その後に。

 

ただ、炭焼が面白くなってしまい、帰ることができない。

母も元気なので、今戻ってもケンカするだけだから、と自分に言い訳をする。

 

話を戻す。

母を村に連れてきた時に、

村の人の好意を受け取れない姿を何度も目にした。

うれしくないわけではないけど、そのまま受け取れない。

遠慮するのがクセと言えばそれまでだけど、

そこまで遠慮する必要も無い場面もあった。

 

あ!!

これはちょっと前の自分の姿だ!

と気づく。

 

ホント良くしてくれた人は、

移住する前も後も きっといた。

でも、こちらが受け取れなければ、好意だとさえ思えない。

 

師匠に会ってなければ、

母のように好意を好意として受け取ることもできずに

生きていたかもしれない

よくよくわかった。

 

時間がたつとわかる師匠の存在感の大きさ。

 

そんな出会いは

もしかしたら

誰にとってもあるのかもしれない。

 

私の場合は40歳を過ぎてだった。

 

早い遅いは、つまらない話だ。

その人のタイミングもある。

 

炭焼を覚えるのに どんなに早くても10年。

私は50を越えて一人前になれるかどうかの世界。

 

それも全てタイミングだ。

言い換えれば、運命か。宿命か。

 

 

この写真は ある取材の際に撮って頂いた。

ベラベラとよく話したおかげで、ずいぶん頭も整理された。

アウトプットの大切さもまた思い起こす。

 

そう。

もう2017年。

震災から六年を迎える年。

私も移住して四年。

 

移住してきたのに

戻って行く人が多いことに心を痛めていた。

とはいえ、

何をしていいかわからなかった。

 

でも、何かしようと

今回のカタチを思いついた。

 

まだまだ、上手にやろうとする自分もいますが、

師匠だったらと考えて、今回も取り組んでみます。

 

 

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炭焼きプロジェクト エピソード2 「ひょっとこ」

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ひさしぶりにこのお話。


現在止まっているのが現状です。

 

どう進めていいのか全くわかりません。

 

できることとして

表皮をとれば木炭として出荷できる値になりそうなので

協力者のお力を借りて、放射能検査を積み重ねること。

そして、師匠の手伝いをすること。

 

飾り炭の方向性も皆目見当がつかない。

 

焦っているのも確か。

遊び心が減っている。

 

昨日師匠のところへうかがうと
師匠は炭窯まわりの伐採をして運ぶ作業をされていました。

一人での作業。

なかなか進みません。

ローダーに乗って引っ張っても、すぐ引っかかりまた降りてなおす。

その繰り返し。

www.youtube.com

 

休憩時間にお話しすると、

「人生、こんなもんだと思えばなんてことない。

 生きてくってことは大変なことです。」

と、満面の笑み。

全て受け入れて生きる、その姿にまた心を動かされました。

 

わたしも、

今の状況を全て受け入れて、取り組んでみよう。

 

そう思い直した日となりました。